院長ブログ

反骨心

投稿日:2017.03.26
イチローに通算最多安打数で抜かれたピート・ローズは何を思うのか?
日本人は私をヒット・クイーン(2番目)にしようとしている。
彼らはそのうち高校時代の安打まで数えだすんじゃないか。
イチローが日本での安打数も通算するなら、私のマイナーを含めたプロ通算も計算したらどうだ。

のらないローズにはのらないイチ節
ここはゴールを設定したことがないので実はそんなに大きなことという感じは全くしていない。
ピート・ローズが喜んでいれば(自分の気持ちも)全然違うんですよ。
でもそうじゃないと聞いている。
だから僕も興味がない。
いつか米国でローズの記録を抜く選手が出てきてほしいし、それはジーターみたいな人格者であることが理想。
もっといえば、日本だけでピート・ローズの記録を抜くことがおそらく一番難しい記録だと思うので、これを誰かにやってほしい。
とてつもなく難しいことですけど、それを見てみたいんです。
日米合わせた記録とはいえ、生きている間に見られて、ローズはちょっと羨ましいですね。

反骨心

子供の頃から人に笑われてきたことを常に達成してきた自負はあります。
小学生の頃、毎日練習して近所の人から「あいつプロ野球選手にでもなるのか」と笑われた。
悔しい思いもしましたが、プロ野球選手になった。
米国に行く時も「首位打者になってみたい」と言って笑われた。
でも2回達成したり…。
常に人に笑われてきた悔しい歴史が、僕の中にはある。
これからもそれをクリアしていきたいという思いはあります。

大谷選手の二刀流(28年11月28日)に続き、昨年の話題選手をブログ化しました。

黒田博樹投手

父は南海ホークスの選手でした。母は学校の体育の先生で、子育ても熱血で黒田は竹刀で叩かれたり、裸のまま外に放り出されたこともあったとか…
上宮高校時代は試合で投げても打たれ、3年間補欠選手でした。
監督に走っとけと言われると良いと言われるまで外野を走り続けなければならない。走るだけの野球生活でした。
自分がお世話になると決めた監督から命じられたことならば、どんなことがあってもその教えは守るべきで、それに黙って従う。
母から筋を通すことの大切さを教わる。

野球をあきらめきれず、専修大学に入学しました。
2年生で球速140キロを超えるまでに成長するようになると一人の男性が度々グラウンドに姿を見せるようになりました。
何も声をかける事なく、ただずっと来られているのを黒田は見ていました。
当時の規定でスカウトが学生に声をかけることは禁止されていました。
それだけ僕のことを見てそこまで評価していただけるのなら広島カープに入団するしかないという気持ちになったのです。
年俸などの条件面ではなく自分を見てくれていたスカウトマンへの気持ち、情だった。

2006年FA宣言か残留か
無名だった自分をいちはやく見い出し育ててくれたカープ
辛い時も声援を送り続けてくれたカープファンへの想い
最終戦にスタンドに横断幕
我々は共に闘って来た
今までもこれからも…
未来へ輝くその日まで
君が涙を流すなら君の涙になってやる
ファンの気持ちに心を動かされ残留

2007年黒田に強い思いが芽生え始めた
勝負に勝つためには打者に対してきびしいボールを投げざるをえない場合がある。
一緒に戦ってきた選手を相手にインサイドに強いボールを投げるのは自分にはできない。
世界最高峰の舞台で野球をしたいという思いが日増しに強くなり、メジャーリーグ移籍を決断しました。

海外での黒田の生き様が世界中の人々の心を動かしました。

①2007年ドジャースとの入団交渉で4年契約50億円掲示されるも3年契約を希望しました。
結果が出ないとクビになるので少しでも長く契約しようと自分を売り込むのに10億円を拒否するという、そのありえない決断にアメリカ球界関係者は驚きを隠せなかった。
黒田があえて契約期間を短くした理由は、打たれる恐怖に耐えながら投げ続ける苦しい戦いを4年も続けるのは想像できないし、まだメジャーで一球も投げていないのに何年も実績を積んだ選手よりも条件がいいなんて納得できなかったからです。

②シーズン途中で優勝を狙うチームからトレードの打診
オファーは選手として最高の名誉なのに、いったばかりのチームで優勝しても素直に喜べないと…
この決断に地元紙は「黒田は自分の信念を貫いた。日本生まれの選手が異なる価値を示した。」と驚きをもって報じた。

③予期せぬ出来事、打球が頭を直撃し長期離脱
相手打者からの手紙
あなたを怪我させてまで私は野球はやろうとは思わない。
落度もないのに自分を強く責めていたのでコメント。
僕が野球をやめた時、君という名選手にボールを当てられたと胸がはれる選手になってほしいと相手を気遣い励ました。

④自信を持って投げた球をボールと判定され、結果その打者に打たれて交代となりベンチに戻ろうとした時、審判が「間違えたのはあの1球だけ」と言ったことが我慢できず怒鳴り返したのだ。
その一球を投げるために沢山の調整をして、いろんなデータを取って、いろんな事をやって投げている。
これが最後の試合、最後のマウンドになるという気持ちで恐怖に耐えて全力を尽くす黒田にとって軽い許せない一言だったのだ。

⑤2014年ドジャース(19億円)パドレス(20億円)を掲示するが広島(推定5億円)と契約。
2006年最初にFA権獲得した時にファンの人たちに自分の心を動かしてもらったので、逆に今度は自分がファンの人たちの気持ちを動かせればいいかな(ファンへの感謝の思い)広島に帰ってきたい気持ちと帰らないといけないという使命感が黒田に復帰を決意させたのです。

昨年の今頃、清原和博覚醒剤所持逮捕で、野球界に暗いイメージが漂っていました。
年末に、スポニチに心境を告白していました。
最初は軽い気持ちで手を出して、元気になったなという感じがした。
それがいつの間にか、お酒でしんどい思いをするより少し薬物を使って暗い気持ちやプレッシャーから一時の現実逃避をしていきました。
離婚して家に1人ぼっちになり、そこから溺れていきました。

現役時代から使用の疑いがあったが???

巨人時代は禁止されていなかったグリーニーを使用していた。
覚醒剤とよく似た成分の興奮剤で2007年に禁止薬物に指定された。

なぜ手を出したか?

野球界からの転身、自分はやっていけるのか?
清原和博の価値というものがわからなくなって…。
野球で味わったことのない緊張感、プレッシャーとかストレスをすごく感じてしまった。

過酷な留置所生活

「114番調べ」
自分の部屋から出て取り調べ室に行くまで手錠をかけられ腰縄をつけられる。
「114晩飯」
ござを入れてもらい、そのござの上で飯を食うのです。
一回のトイレの紙をもらうのも「お願いしまーす」と大きな声を出していい 自分一人では生活できないので全て「担当さん」って大きな声で呼んでも無視されたりする。そんな経験はかつてのスーパースターには初めてであった。
5日に1回、お風呂の日がありますが、自分は独房に入っていたので一番最後でした。
髪の毛は沢山落ちているし湯船は何が浮いているのかわからないし、全て担当に見られているのです。
「おい、114番、風呂の栓を抜け」汚れきった風呂の栓をなぜ自分が抜かなければならないのか。
甲子園から続く栄光の日々から一転、どん底の現実、自分の情けなさで涙が出ました。

懲役2年6ヶ月執行猶予4年の判決

何年とかそういう問題ではなく、常に罪を罰せられるんだと…。
そういう自分とこれから過ごしていかないといけない。
一生続くと思っている。
猶予は死ぬまでと思っています。
たくさんの人が離れていったが、今でも手を差し伸べて下さる、サポートしてくださる方々がいらっしゃいます。
1回、自分は清原和博が嫌いになった。
サポートしてくださる方々のためにももう1回清原和博をやり直したい。
恩返しの気持ちで、強い気持ちを持って立ち向かって、毎日1日1日、闘っていくしか中毒からは抜け出せないと考えています。

東大薬学部、池谷裕二教授
薬物に一旦手を出すと脳の神経回路そのものが変化してしまう。
脳の中心部分にある核のシナプス結合そのものが物理的に変化してしまい一生治らない。
再犯率が平均65%で、年齢とともに上がっていく。
50代の再犯率は80%
気合い、根性とか強い意志の力で治せるようなものではない。
治療するためには薬物のない環境を整える。
これは一人では無理なので必ず誰か人の助けを求めて監視の目を利用しながら一生かけて治していく。

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