院長ブログ

スポーツ界あれこれ

投稿日:2016.04.17
2003年、広島からFA移籍してきた金本は勝負強く、かつ献身的な打撃でタイガースを変え、18年ぶりのリーグ優勝に導きました。真弓時代や和田時代に芽ばえた閉塞感を打ち破るために、金本は監督となって帰ってきました。指導経験の有無など問題にする必要はない。もう、次は金本しかいない。そんな空気に包まれるなか、金本監督が誕生しました。
001スローガンは「超変革」 監督の考えを理解した上でサポートできるコーチングスタッフも集結しました。「選手を育てる。何が何でも、その選手を一人前にする。その練習に付き合うコーチ。それに僕について来てくれるコーチ。すべて気持ちから入るものなので。そういう気持ちがないコーチは選ぶつもりはありません」
0026年前、縁があって掛布さんと三宮で食事する機会があり、その後も甲子園球場の放送席ボックスでよくあいさつして頂きました。今年1月には高砂でトークショーが実現したのです。

現役時代の話

グランドの土は美味しいですか?の質問に、土をなめていたわけではなく、常に唇を濡らしておくのが勝負師の鉄則という教えを守っていたためです。それと自分の守備範囲は自分の手でならしておく。阪神園芸にグランドキーパーの神様と言われる方がいらっしゃって常に万全の整備をしていただいてましたが、ゲームが進んで何となくこのあたりに飛んできそうだなと感じる時は特に気をつけてならしていました。そのグランドキーパーの神様の助言で雨でホームランを流したことはありません。いくら天気が悪くてもグランドの状態を試合続行まで仕上げて頂きました。
いつもの打席に入る前のルーティーンは投手に対しての正対、ずれていない様に特に気をつけていました。

監督目線の話

横田は身体能力の高さはトリプルスリーが狙える選手です。高山はバッティングの時の柔らかさは天性のもので期待ができる。
若手選手の指導で苦労することは毎日同じ事を繰り返し辛抱よく言い続ける事。
今の若い人は、出来るまで繰り返し言い続けなければすぐに忘れてしまうか、別のことをしてしまう。辛抱が一番大事です。二軍の試合は、勝つ試合、育てる試合と明確に分けていかなければいけないので、色々と考えながらやらなければいけない。金本監督との連携は何の障害もなく風とうしよく、上手くいっています。二軍のミーティングと一軍のミーティングの温度差をなくすよう、二軍の選手が一軍に上がった時に違和感のないようにしていきます。

4月10日の広島戦にいってきました。

準備運動・キャッチボール・守備練習
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あれ、外人がいない・メンバー表交換・始球式
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両チームの外野の応援風景
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北條のライト前ヒットで4点目
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球児打たれ降板
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ラッキーセブンでの風船
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スコアボードがおもしろい・車椅子専用エリアもあります。
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他のスポーツ

・テニスの錦織圭の成長の軌跡は2015年3月31日のブログですよ。
・フィギュアスケーター浅田真央(2014年3月13日)を見て下さい。今回は羽生結弦選手です。シーズン最後をかざる世界フィギュア選手権では左足首を痛めていた(極秘にされていた)為か、優勝を逃しました。

4/10の情熱大陸をみて感動!1994年仙台で生まれ、4才からスケートを始め、2007年ジュニア選手権で3位となります。この頃、オリンピックに出て優勝することが夢と答えています。根っこからの負けずぎらいで練習にうちこみ、ストイックな少年だったらしいです。

いったい何が彼をつき動かしているのだろう?
それは自分の限界を広げようとする並々ならぬ向上心なのです。
すごく練習量が多いタイプではないけれど常にスケートへの応用を考えています。
テレビを見ている時、いろいろ話をしている時、ゲームをやっている時ですら、これちょっとスケートに使えるなって思ったものをいろいろ理論的に考えて、イメージでやってみてうまくいったら氷上でやってみるそうです。

2010年と2014年と比較するとジャンプの出来ばえを評価する点数が2.2点から3.0点と伸びています。2010年では失敗をさけるためにしっかり助走し勢いをつけて宙に舞い上がっています。2014年ではジャンプ直前にチェンジエッジとよばれる技で重心を右から左へ移していた。さらにふりむきざまにジャンプ、バックアウトカウンターというテクニックをいれてほとんど助走なしでとんでいます。直後に両足を伸ばし左右に広げるスプレッドイーグル。同じトリプルアクセルでも危険覚悟で前後に3つの技を加え磨きをかけています。

「技術も進化し続けなくてはいけないところだと思いますが、それはバランスのとれた進化であり、精神面であったり、体力面であったり、技術面だったり、すべてにおいて進化しなければ進化とはいえない」
最後に、「僕はこのままでは終らない。次の目標に向けて自分の理想、自分のスケートをもっと高めたい」

・次は、水泳界の北島康介伝説の終幕(偉業、名言)
5才から水泳を始め、33才で現役引退

シドニー2000年(17才)
100m 4位 バテたわけじゃない 悔しいです
200m?予落

アテネ 2004年(21才)
100m 金 チョー気持ちいい
200m 金
400m メドレーリレー 銅

北京 2008年(25才)
100m 金 世界新 なんも言えねぇ
200m 金 五輪新
400m メドレーリレー 銅 日本新

ロンドン2012年(29才)
100m 5位 改めて水泳の難しいところが好きになった
200m 4位
400mメドレーリレー 銀

日本選手権 2016年(33才)
100m 2位 言葉にならない
レベルたけーマジで
200m 5位
リオ五輪切符逃す
会見で涙する記者に 泣いてんだもん ズルいわー
プールに一礼 自分にお疲れ様といいたい

30才すぎまで世界の第一線で泳ぐことがどれだけ大変なことか!世界派遣標準記録を比べてみると日本はとてもきびしい。
アメリカやオーストラリアよりもっとはやいレベルで泳がないとオリンピックにはいけない。メダルに手が届く選手でないとつれていかない。今回は0.3秒届かず、結果的に引退となる。
しかし、こういうレベルにまで上げたのは、北島ががんばってきた功績といえよう。

「超気持ちいい」は、泣きたかったのを我慢して言った言葉で流行語大賞取れたのが自分でも不思議だとか。
「なんも言えねぇ」は、世話になった人達へ感謝の気持ちを伝えようとしたが、こみあげてくる思いで言葉がでず、口にしたのはすいません何も言えねぇ

・ラグビー界 五郎丸 022023
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