野球ファンの方々、大変お待たせしました(場外編)
投稿日:2014.09.10
加古川・高砂市のツトウ歯科医院です。ブログを見て頂き、ありがとうございます。
近頃はブログの情報収集にいそがしくて、甲子園球場にはあまり行っていません。2週間毎のアップですが、頭の中は5ヶ月位先までを考えて行動しながら、直前の原稿作成におわれている状況です。
トークショーに参加して阪神タイガースの裏話を聞いて来ました。
6月17日 掛布雅之トークライブwith松村邦洋
(報知新聞大阪発行50週年記念)
中央の31の上に私の顔が写っています。その横の帽子(掛布さんのサイン入り)は抽選で当たりました。
(スポーツ報知新聞切り取り)
(1) 和田監督は気がやさしく、皆にいい顔をしようとしています。
自分をもっと出してもいいとか。
(2) 4月の東京ドームの巨人戦で西岡選手は福留選手と交錯してタンカーで運ばれました。西岡選手は守備位置からみて自分がいきすぎだったと反省しており、復起後の3塁の守備に関しては他の選手を気づかって、あまり好ましく思っていないようです。
(3) 掛布さんが一番力を入れて指導している選手は伊藤隼です。車に同乗したり、食事にいったり、意思交換したり、いろいろと面倒をみているようでした。
8月10日
(ディリースポーツ主催)
大型で猛烈な台風11号が昼頃に日本列島を駆け抜けて、夕方の「決起集会」は開催されました。(デイリースポーツ新聞切り取り)
(1) 下抑氏
藤浪は体を無駄に使っている。全てに全力。このままではケガをしないか心配です。
もし娘さんが結婚相手を阪神の選手から選ぶとすれば誰かときかれると真面目で顔もいい藤浪とか…
阪神の逆転Vの可能性は20%、その場の空気をよんで40%と言い換えました。
(2) 浜中氏の毒舌
一言で言えば和田監督についてです。優勝するには監督次第で、すべて選手任せではダメだ。選手は監督を見ている。例えば、選手が審判にクレームをつけている時は走っていくべきだとか…
サンケイスポーツ8月27日のノムラの考え
1.5ゲーム差で、巨人3連勝の初戦(東京ドーム)
3点リードしていながら9回に呉がワイルドピッチを2回して、逆転負け(泣)
手をこまねくだけの和田監督
バッテリーに任せきり
将自らマウンドに出向き、直接明確な指示を出すべき
次打者長野?(Gベンチの動きが気になった?)
私個人的には、この試合に勝って0.5ゲーム差にしてほしかった!
実は、ディリースポーツ(8月19日)に、お岩さんの呪いとの見出しがありました。
勝てば首位に立つ一戦に「岩」の名前がつく投手が先発すると敗れます。これまでに4度、岩崎、岩貞、岩田が先発マウンドに立つと本来の投球ができず、呪いに黒星、地獄へと陥られました。
もしこの試合に勝って0.5ゲーム差になっておれば翌日の先発は岩田だったのでどうなっていたか…
2年前に矢野さんのトークショーに参加しました。
この時の写真は行方不明です。残念です(泣)
ボディ・ブレイン (水王舎)
下柳剛を読んで
なぜクビ宣言のわずか3年後に37歳の下柳剛が最多勝を獲得できたのか?
以前「なぜかバッターが何を狙っているのかがわかった」と言っていました。それを聞いた時、そんなことがあるのかな、本当かなと思っていました。この書籍には、そのことが触れられています。大好きな野球のために他競技のトレーニングを学び、沢山の本を読み、さらには練習を積み重ねた結果、打者心理とバッティングパターンを叩き込んでいく。
そして、それらを花開かせたトレーニングは坐禅(瞑想)だったということです。坐ることで驚くほど身体感覚が敏感になり、バッターの微細な動きでタイミングが合っているかどうか、何を狙っているかが全身の感覚でわかったとか…
昔の記憶ではありますが、大久保(現、楽天2軍監督)が、ここにボールがくると思って強引に振ったらホームランになった。江夏が日本シリーズで満塁の絶体絶命のピンチでの三塁走者の気配を感じスクイズを見破りました。
頭(理屈)ではなく、全身の感覚でわかるということがあるのだと確信しました。
心をつかむ高枝野球監督の名言(ベースボール・マガジン社)を読んで
加古川北 福村順一 P159-.P233-
在籍期間2003年春~2014年春
加古川北は2011年の選抜でベスト8に進出し、地元の加古川や高砂では熱くなっていました。2高校野球に精通していない私は、そんなに強い学校だったんだという程度でしたが、本屋で目に止まりました。
「勝てばいいと思っていた 勝つとはどういうことかを勘違いしていた ダメな指導者の典型になりかけていたと思います」 子供たちのことを思ってきちんとしたあいさつや言葉使いを指導していたつもりが、実は周囲の人や親たちの自分への評価のためであった。また、子供たちと面と向かってきちんと見ていなかったと気づかれたそうです。私も子供によく「あいさつしろよ」といいます。しつけもかねていますが、他人へのアピールとも考え方によっては捉えられますよね。本来のあいさつの意義からきちんと教えなければいけないなと思いました。
05年秋から率いたチームは戦力が一番であったそうです。
ところが、兵庫県大会に進出するも2回戦で同じ公立の学校に敗れてしまいました。試合に勝てなかったのは監督として力不足だったからだと一つのきっかけから深い反省とひらめきで、今までの方針を切り替え、新たな野球スタイルを作るという決断力がすごいと思います。
ただ打つ、投げるの勝負だけでは負ける。勝つ戦略として相手が嫌がるチーム作りとして着眼したのが走塁でした。練習は、とにかく積極的に次の塁を狙わせ、失敗してアウトになった経験を活かして覚えていく。チャレンジ精神を評価していくのでした。
走塁という個性あるプレーを十分に発揮できるように準備も怠っていません!球場を視察し、外野の芝生の長さ、風向き、さらにはバックネットからのボールのはね返りなど色々とチェックしていく用意周到のすごさ!勝つという執念からの、きめ細かいこだわりにより、松田遼馬(現阪神)のクセを分析して足で揺さぶって(4盗塁に成功)ベスト8に進出したのです。
おまけ (1) 甲子園球場90週年 甲子園は1924年8月1日、日本初の大規模多目的野球場として建設されました。48年にプロ野球のフランチャイズ制が導入され、阪神タイガースの前身「大阪タイガース」の専用球場になりました。
(2) オールスター後の報道ステーション(解説、工藤)と週刊現代8月5日号
大谷翔平はまだまだ球速が出ます。
跳ぶように左足を後方に引くため、無理なく上半身に傾きがつきます。
藤浪晋太郎は倒れこむように大きく腰を前傾させており、腰を突っ張った状態で全体重を支えています。
おそらくこの投球ホームについて下柳さんや吉田(元阪神監督)さんが気づかっているのでしょう。
(3) 終戦(各スポーツ紙を読んで)
「おまえがおる限り、阪神は勝たれへん。坂井!金満オーナー」と中年男性の怒号が飛びました。3年前も、急失速した真弓阪神の戦いぶりに、甲子園で坂井オーナーへやじが飛びました。今回も、またくり返されたのです。
巨人との差がこれほど出てしまう原因は、チーム作りや野球のスタイル、監督やコーチの人選など球団組織的な欠陥と思われます。巨人は個々の成績が抜群にいい選手はいません。監督の選手に対する思いやりや強い言葉(ゲキ)の違いなのです。奮起をうながす選手起用や交代の差、阿部や村田を先発から外す勇気、外国人(ロペス、セペダ、アンダーソン)同志を競わせて、刺激を与えるとか…
また作戦面(例えば9/9)でも無死満塁で村田を迎え、おきまりのように前進守備を取った。
一点もやりたくないことは理解できますが、この戦術としては弱気で、村田を心理的に楽にさせてしまいました。メッセンジャーの球質は重く、三振せずに義飛を打つのは難しいが、コンパクトにしっかりとミートできれば内野を抜ける可能性が高くなるからです。
打ったのは148キロの内角ツーシーム。強振にいれば遊ゴロか三ゴロになっていたでしょうが、リラックスしてバットを出せた結果、中前へはじき返しました。
さらに、キャッチャーのリード面の差として、初回の杉内のチェンジアップは非常に良い落ち方をし、上本は空振りの三振をした。阿部は今日はチェンジアップが使えると判断したハズ。いつもなら直球とスライダーのコンビネーションで攻めるところ、チェンジアップを多投しました。これで阪神打線が面食らった格好となり、3回までパーフェクトに抑えられました。そこで阪神は4回の攻撃前に円陣を組み、いつも通り打撃コーチから配球の傾向をアドバイスされたと思います。役割分担とすればそれでいい。しかし、そんな時こそチームを奮起させる和田監督の言葉がほしいものなのです!
トークショーや各スポーツ紙から、どうしても阪神球団組織と監督批判になってしまうのが、ファンとして残念で仕方がありません。
思えば、野球監督時代(ボヤキ)から今日までほとんど変わってないように思います。
ファンが甲子園球場に行くから球団は危機感を持たない。野村監督がいっていたように、来年は甲子園に行くのをやめようと思います。阪神を愛するからこそなのです。
(4) 47都道府県「甲子園完全データ」週刊ポスト8月15日22回号
勝率別では 西高東低
1 近畿
2 四国
3 関東
4 中部東海
5 中国
夏の甲子園で最も勝った県別
1 愛媛
2 大阪
3 神奈川
4 和歌山
5 広島
プロ野球選手を多く輩出する名門校
1 PL学園
2 中京大中京
3 熊本工
(5) 大阪桐蔭・分析塁(ディリースポーツ8月25日)
決勝戦で対戦した敦賀気比のエース・平沼の過去の試合映像を徹底的にチェックした結果、セットポジションの時に球種によって胸の前に構える両手の位置が微妙に違うことを見抜いていました。その癖をミーティングで選手たちに伝達し、投球映像を見ながら30分間の素振りを行い、攻略の準備をしていました。
(6) 今夏の大阪大会でPL学園は準優勝
昨年の不祥事で当時の監督がチームを去り、野球経験のない校長が監督に就任しました。当然大会ではミーティングなどで意思交換をしていたと思いますが、宇佐美(3年)内野手がサインを送って勝ち上がっていきました。
その状況を知りたくPL学園に電話をしたものの、収穫はなくがっかりしていたのですが、9/1報知新聞を見てニッコリ!
実質的な指導者不在のまま結成された新チームで、出場機会の最も少ない背番号15の奥野内野手が監督デビューしコールド勝ち発進をしたとのこと。センバツ出場を目指してがんばってほしいものです。