院長ブログ

将棋界の明るい話題

投稿日:2017.12.29
最近のテレビ(メディア出演)で見かける加藤一二三さんは棋士としてどのような人物だったのでしょうか。

実績

1.現役生活63年(歴代1位)
2.勝利数1324(歴代3位)
3.敗数1180(史上最多)

評価

1.変人
2.神武以来の天才
3.人知を超えた世界

一二三のすごみ

1.棒銀(裏から攻めず正面から攻める)
2.早く手が見える(持ち時間が少なくなっても短い時間でパッと手が見える)
3.対局室での手つき、あふれ出る闘志(バシッ!)

伝説

1.延々と考えに沈む長考は将棋界の七不思議の一つ
私が先手で1、2、3、4、5手指したら、加藤さんは80分考えたんです。
将棋の勝ち負けにおいて何の意味もなく、そんなこと加藤さんもわかってるんですよ。
相手に長考されたら嫌になってくるわけですよ。

長考しているうちに分かりやすく言うと、エンジンが全開するのを待っているという時間もあります。
気合がより一層入ってきて、それまで思いもしないアイデアが生まれる。

2.うなぎ事件
お昼に、うなぎが二つ入っているうな重を頼みまして、夜はお腹が相当空いてますから、うなぎ三つ入りのうな重を頼んでいる。うな重をしっかり食べておきますと12時くらいになっても元気よく戦ってるということで、うな重を35年40年食べてますね。

今年1月、窮地に追い込まれました。

順位戦の成績が悪いと規定によって引退せざるを得なくなってしまう。名人から一つずつクラスが落ちていき、現在はC級2組の下から3番目。下位の10名が後級点がつく形となり、引退が決まる事になってます。

1月12日、現役引退が決定

私の心境は
一生懸命やってきました。でも結果は出ました。
だからこの結果は本当に「はいわかりました」といって落ち着いて受けまして。
でも私は、今まで通り神様の配慮、神様の愛は信じていますから。
これからもやる気を失わないでやっていきますという心境なの。
極めて不本意な出来事になっても。
そこでね、そんなに落ち込んだままではなくて。
そこから立ち直っていくということは大切だと思うの。
そういう心境なの。
これからも情熱絶えず、「もう私はギブアップ」「もうお手上げです、もう完全に参りました」と私はいう立場にないの。
だってまだ生きてるんだから。
まだ息をしてるんですからね。
堂々と正面切ってね、力いっぱい準備もして、憂いのない戦い方をしたいと思ってるんですけどね。

1月時点で棋聖戦、棋王戦、王将戦の3つのタイトルが残されていました。
理論としては勝ち続けてタイトルを奪取している間は引退はない。
普通に考えたらタイトルの奪取なんか、はたからみたら笑われると思いますよ。夢物語と言われても私はそれを肯定します。
だけれども、私の今までの人生からするとありえないようなことをやってきたし、これから先、勝ち続けるということを目標として戦っていきます。

棋聖戦に加え、棋王戦、王将戦にも敗れた。
残すはタイトル獲得とは関係のない公式戦のみとなり、現役続行の望みは完全に絶たれました。
最も負けたということ、名人になられた方も皆さん下のクラスではやってないですよね。
B級2組以下に脱落して指されたのは加藤先生が初めて。
美しい引き際を考えない!

6月20日、現役生活最後の公式戦

選んだ戦術は最も愛した「矢倉」
将棋に捧げた63年
その全てを盤上にぶつけた
1324勝1180敗(史上最多)

長い人生においての行き詰まりを経験しました。
1対1で檻の中に入れられた人間が戦うっていうことなんですね。

相手は当たり前ですけど必死に勝とうとしてくるから、その必死にやってくる相手に対してそれ以上の気持ちを持っていないと崩れちゃうんです。
人間が崩れたら負けなんです。
だから常に気が張っている、心が張ってる。
耐えられなくなるんです。
どうしても勝つんだ!名人位を奪取するんだ!そういう覚悟が足りなかった。
名人戦にも昭和35年以来出場できず、他のタイトルも獲れないでいた。
このまま続けても、この先に大きな展開はないな。
昭和45年頃、はっきり言って行き詰まりになったと悟ったんです。
将棋の手を決める時にどういう気持ちで自分が指す一手を決めたらいいかについて曖昧模糊として吹っ切れないものがあったんですね。

満足のできる将棋がさせなかった。
それが5年、10年と続いたので、かなりこれはまずいと思ったんです。
そんな時にふと立ち止まってつらつら人生というものを考えた時に自分のそういった行き詰まりを打開する、飛躍させるには私は宗教の力が大切だと思ったんです。

昭和57年(42歳)

ようやく掴んだ名人戦挑戦権
対局相手は中原誠(9期連続名人の絶対王者)両者譲らず3度の引き分けがおきる異例の展開。
史上最長の十番勝負にもつれこみ加藤新名人が誕生する。
ということで一番嬉しかったことは何ですかと聞かれたらこれはやはり名人獲得です。

藤井聡太

「子供には子供の時間がある」
大人がそこに入り込んではいけない、が藤井家のモットーだった。
将棋と出会ったのは5歳の時で、隣に暮らす祖父母から教わった。
5歳の冬、将棋教室に通い始めた。
ここで徹底的に叩き込まれたのが詰め将棋だった。
強くなるための地道なトレーニングだ。
目を瞑って目隠し詰め将棋の訓練が課せられる。
頭の中だけで盤面をイメージさせ、王を追い詰める道筋を考えさせる。
特訓を何度も重ねると頭の中で自然に駒が動き正解を導き出せるようになる。
解いた問題は10000を超える。

小学校4年の時、プロを目指す。

同じ愛知県唯一の現役プロ棋士、杉本昌隆七段に弟子入りした。

2016年12月24日デビュー戦

加藤一二三(九段)

6月2日、20戦目、澤田真吾(六段)

藤井は崖っぷちまで追い込まれたが、まだ諦めてなかった。
5歳の時から通っていた教室で学んだ大切なことがあったからだ。
ブルースリーの「燃えよドラゴン」の映画をいつも見ていた。
絶体絶命の状況でも戦い続ける主人公。

将棋は頭脳の格闘技

勝負の気迫をより持っている方が、おそらく勝ちに近いと思われる。
藤井は必死で打開策を見出そうとしていた。
そうだ何か感じたか。
考えずに感じるんだ。
指先に全神経を集めろ。
さもないと栄光は得られん。

唯一勝つ可能性が残された捨て身の王手、究極の二択を突きつけていた。
澤田は持ち時間を使い果たしていたため1分以内に10手以上先を読まなければならなかった。
澤田は選択を誤ってしまったのだ。

6月26日、29連勝の新記録を達成

その場に、次の対戦相手となる攻めの達人と呼ばれる佐々木勇気六段(23歳)が偵察に来ていたのだ。
佐々木は対局に備えて藤井を3ヶ月の非公式戦で破っていた永瀬拓矢六段と極秘で特訓を行っていたのだ。

7月2日、30戦目

佐々木は一か月かけて練り上げた藤井を陥れる秘策を用意していた。
序盤の11手目、以外な位置に王を動かした。
初めて見せる陣形で、序盤で藤井のミスを誘う作戦だった。
藤井は佐々木の策にはまるようになる。
相手の陣を崩すため29分考えて飛車を動かした。
この一手が勝敗の分かれ目となった。

初めて吐いた弱音だった

調子が悪いです。
勝ち上がる中で、将棋界に君臨するトップ棋士との対局が続くようになった。
序盤から完璧な将棋を指され、責めの糸口さえ掴めない。
自らの読みに迷いも生じていた。
15歳の少年は結果を気にする余り、自分の将棋を信じられなくなっていた。
一回負けというのを経験したことで、最終的には結果に過敏になっていた。

負けが続く中、藤井は自分に何が足りなかったか必死に探っていた。
一年半前から活用している人工知能AIを搭載した将棋ソフト、敗れたすべての対局を分析し同じミスを繰り返さないように模索を続けていたのだ。

自分の将棋とは何か、師匠の杉本相手にただ黙々と将棋盤にむかっていた。
敗戦に関して引きずってもいいことはない。
現状の局面で最善を探すことに集中するしかない。
難しいからこそ何十年もかけてやる価値のある世界なので、むしろ悩むのはいいこと。

9月3日、NHK杯、森内俊之九段(46歳)

結果を意識せず、自分が信じた最善の一手だけ指す。そう心に誓った。
52手目、相手の懐8ハ歩、10手後に同じ場所に歩(手裏剣)
誰もがミスをしたと思っていたが、これが自分を信じて指した勝負の一手だった。
28手目に指した歩が王を待ち伏せしていたのだ。

羽生善治

永世七冠達成!前人未到

小1で同級生から将棋を教わり、中3の時に加藤一二三、谷川浩司に続いて3人目の中学生プロ棋士になる。
89年に竜王となり初タイトル
94年には念願の名人獲得
96年に将棋界初の七冠完全制覇を達成
タイトル獲得通算99期(名人9、王位18、王座24、棋王13、王将12、棋聖16、竜王7)

永世とは将棋タイトル戦で、複数期または連続期、勝利することで得られる称号です。
過去に永世を獲得したのは10人です。
羽生以前の最多は、故大山康晴15世名人と中原誠16世名人が達成した永世5冠でした。

将棋界は昨年秋の不正疑惑と対応の不手際に揺れたが今年は明るい話題でしたね。

今回のブログはNHKテレビ(ETV特集、スペシャル)を参考

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