院長ブログ

医療とは、医師とはどうあるべきか

投稿日:2017.02.18
先日、NHKのアーカイブスで放送されていました。
江戸の、とある時代を舞台にした時代劇、これまでテレビの世界で数多く作られている医療ドラマの先駆けともいえるのが「赤ひげ」です。
赤ひげ先生は養生所で伝統的な治療法を用いながら、貧しく身よりのない人々に無料で治療を施し、そして往診を頼まれれば断らない主義でした。
その養生所にやってきたのが、長崎で学んだオランダの最新医療術で立身出世を目指す若き医師です。
赤ひげの医療に対する医者としての心構え、哲学のようなものを知って、赤ひげと正面からぶつかるのです。
テレビでは1973年第19回ひとりを放送していました。
事故で被災者の方が引っ切り無しに担ぎ込まれ、先生達は二晩ほとんど休んでなく、やっと区切りがつき睡眠していました。
ところが夜間に急患が訪ねて来ましたが、青年医師はそれを断り睡眠しました。

A.赤ひげ先生はなぜ私たちを起こさなかったかと怒ります。
Y.疲れていたので起こさなかったのだと言い訳します。
そして2人の言い争いが始まります。
Y.医者も人間です。医者が疲れ果てて患者を見るのは決して良いとは言えません。
A.疲れ果てて眠かった、ただ眠かった、出かけたくなかったのだ。
Y.医者は人間では無いのですか。
A.ない。患者にとって医者は人ではない。医者は人と違う。いわば神様だ。
Y.私が言っているのは患者にとってどうかではありません。医者にとってどうかです。
A.医者は自身のことを考えてはいけない。医者はまず医者だ。人である前にだ。
Y.私は医者も医者である前にまず人間だと思ってました。
A.その考えを捨てることだ。特にここではな。

その後長崎で同僚だった友人の職場見学をしている際に急患が来ましたが、院長は来客中だから断れ、身なりを聞いて断ると支持する態度に嫌気が差しました。
さらには自分を肯定していた人と会話しているうちに赤ひげの真意、心がチラッと垣間見るのです。
僕は間違っていたかもしれない。
赤ひげの言う通り、ただ眠さのため、疲れのため往診に出たくなく断った。
断るのは仕方がない。だが、それはあくまで断る権利があって断れるのではない。権利はないが、仕方がないから、どうしようもないから、こそこそと卑怯に、うしろ暗い思いで断るべきことじゃないか!
医者ってそういうものなんじゃないか。
もし人が医者のことを神様と見るのなら、見られる以上、医者自身もそのように振る舞わなければならないんじゃないか!
神は本来、疲れを知らないものだと、もしも患者がそう思うのなら、そう思い信じ自分の命を惜しげもなくゆだねてくれるのだとしたら、医者は少なくとも患者の前では疲れた顔を見せてはならないのではないか!
どんなに疲れ、どんなに眠くても、倒れそうでも、医者は人間である以前に、まず医者なんだから、神なんだから…

2014年東京国立科学博物館で開催されていました。





私が子供の頃(50年前)テレビのお笑い(いとしこいしかな?)で、昔のお医者さんは仁術のお医者さんで、今のお医者さんは算術のお医者さんだと聞いたような気がします。
なだいなだ著の「お医者さん」(昭和45年初版)、仁術の幻想はどこから来たのかの文面から一部抜粋します。

医療と言うものを有史以前までさかのぼって考えてみなければならなくなる。
医療と宗教とは結びついていたのである(原始宗教)。
キリストの生涯の前半には、地上での医者の要素が含まれている。…
来世的救済に重点を置いた現代宗教が、現世的救済を含んだシャーマニズムと密着した原始宗教から離脱する姿をみるのである。それまで医療は神に属し、神官に属していたのだが、それから地上の職業人である医者の手に委ねられるのだ。

仏教が原始宗教的な体質を持っていた時代には、薬師仏信仰が民衆の信仰心の中で大きな部分を占めていた。だが、仏教の近代的な宗教への脱皮とともに阿弥陀仏信仰が、つまり来世における救済者に対する信仰が主流になってゆく。それと同時に、職業的医者の比重が次第に医療の面で大きくなってゆく。

医者は悪くなった、堕落したと考えがちだが、医療が神の手を離れ職業的な医者が生まれたこと、そのことがそもそも堕落の始まりだったのだ。医療が神に属していた時、医療を司るものは神に奉仕する人間であったし、そもそも治療するのは神自身なのだから医療に要求されるのは道徳的なものであったろう。
治療費は神に捧げられるお礼であり、医療者に与えられるものではなかった。
これが「仁術の医療イメージの原型」と、なだいなださんは考えていたのです。
1927年(昭和2年)に保険制度ができ、1953年以降、現在の保険制度へ
治療費を無料にすることはできなくなった。
前回ブログの矢作先生との懇親会で、白い巨塔以来、医者の権威はなくなったとか…

昨年来、医療のバッシングが週刊誌で連載されています。
現代では
飲んではいけない薬、やってはいけない手術とか…
ポストでは
やってはいけない歯科治療で11話あります。
出版社によると多くの歯科医からいろんな反響、賛否両論が噴出しているとの事です。
「業界の闇をよく書いてくれた」
「誇張に満ちた歯医者叩きだ」

よく報道されている歯科界の経済的に困窮している背景

歯科のクリニック数は約68,000軒でコンビニ(約51,000軒)よりも多い。
歯科医は増えて虫歯は減っている。
医師数
約310,000人
歯科医師数
58,362人(1982年)→ 103,972人(2014年)
歯科診療所数
59,357軒(1996年) → 68,701件(2013年)
1人平均虫歯(DMF)本数
9.5本(1987年)→3.2本(2011年)
日本の歯科全体の診療報酬は横ばいで推移して、限られたパイを奪い合う「ゼロサムゲーム」状態が続き、東京都内では1日1件のペースで歯科医院が廃業していると言うデータもあります。
医科医療費
約30兆円
歯科診療医療費
2兆5430億円(1996年)→2兆7368億円(2013年)
かつて歯科医師は高収入の職業の代表格でしたが、今は見る影もないのです。

日本人の給料大辞典(宝島2014年)によりますと
職業 平均年齢 平均年収
医師 41歳 1072万円
歯科医師 34歳 621万円
薬剤師 39歳 533万円
看護師 38歳 472万円
昨年5月24日雨上がりのAさんの番組で、歯科医の5人に1人は年収300万円以下
なんとなく歯科医院の過当競争の実態がわかって頂けたと思います。
たいていの歯科医は自覚していると思われますが、
①歯に詰め物をすると詰め物と歯との隙間から虫食いが広がっていきます。
常に唾液に触れ、セメントが溶け出して隙間があいたり、噛み合わせが強いと、かけたりして、そこへ虫歯菌が入り込んでいくからです。
②神経の症状次第では神経を抜きます。
この時、血管も一緒に取りますから、歯の栄養分がなくなりもろくなります。
解剖学的問題から根の先に膿の病巣ができたり、噛む力によっては根が折れたりします。
③保存不可能となれば抜歯となります。
④欠損部を補う治療として、入れ歯・ブリッジ・インプラントがあげられます。
ホスト流でいいますと、これが治療の負の連鎖なのです。

問題はインプラント治療の記事なんです!
あくまでポストを信用すると、残せる歯を抜いてインプラントに誘導する歯科医の話が載せられています。
モラルを失った歯科医がいるということですよね。
本来は、歯を残すため根の治療に全力を尽くすべきで、最後の手段としてインプラント治療があるのだ。
「インプラント治療は歯科医の敗北である」という言葉があるみたいですね。

週刊現代(1月14日)によりますと
術後5年位はなんともないことも多いので、若い歯科医は「自分は手術が上手い」と勘違いしがちです。ところが問題は5年目以降に出てくることが多い。インプラント周囲炎や折れるなど様々な口腔内トラブルが出てくるとか…
約20年前、かぶせ治療の講習会に行った時「もうじき歯科界にインプラント治療が本格化するよ」と聞きました。何社のインプラント講習会にいき、器具や材料、心電図の機器も購入しました。
私は神戸大学病院に10年間在籍した口腔外科医ですが、どうしてもデメリットが気になりインプラント治療に踏み切れなかったのです。

将来、高齢者になって脳梗塞や認知症になった際CT写真を撮るとインプラントの金属が反射して画像が見えにくくなるそうです。義歯は口から外せますがインプラントは外せません。

介護施設で口腔ケアが十分でないと歯が先にボロボロになり、インプラントも痛んできます。食いしばりをする認知症の人は残ったインプラントの人口歯が反対側の歯茎に突き刺さって血だらけになってしまいます。
脳梗塞等で抗血栓薬を服用しているインプラント患者トラブルも大変です。

上下自分の歯であれば年齢を重ねるごとに歯はすり減っていきます。
しかし、自分の歯とインプラントが混在しているとバランスが悪くなってできた隙間から歯周病などの感染症にかかる危険性が高くなります。
週刊ポストや現代に記載されていたので安心してブログに採用しました。

私は平成7年から往診を始めました。だから少子化、高齢者社会の予測ができ、インプラント治療にストップがかかったのです。

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