御白石持行事
投稿日:2013.10.17
加古川・高砂市のツトウ歯科医院です。ブログを見て頂き、ありがとうございます。
『一般人が御正殿を間近に見ることができる唯一の機会、20年に一度の機会
内宮さま8/10~8/11、外宮さま8/31~9/1参加させて頂きました。』
伊勢を流れる清流宮川の「清らかなお白石」を拾い集め、ていねいに洗い清め、奉献まで清浄な場所に安置し、奉献当日、川曳(内宮)もしくは陸曳(外宮)によって神域に運び入れます。
各自白布にお白石を包み、真新しい御正殿の御敷地に「自らの祈りを永遠に託し」お白石をお納めするものです。
この伝統行事は、元来伊勢の神領民に許された特別な行為でしたが、第60回(昭和48年)の式年遷宮より、全国の崇敬者にも「特別神領民」をして参加できる制度が開設されました。
御奉仕の前日(8/10)二見浦の興玉神社において禊の浜参宮をしてから、外宮さまを参拝し、夜には五十鈴川での禊により心身とも清らかな状況となります。
翌日(8/11)集会場で結団式をすませ、内宮さまのお白石の奉献の順番がきました。
奉曵車にかけた網を持ち、平素の御神徳に感謝をこめて心をひとつに結び、「エンヤエンヤ」の掛け声で奉曵しました。
めちゃくちゃ暑かった!
前夜の禊場所 澄みきってます
結団式 奉曳車
隙間から見える内宮さま
パワースポット 2013年2月10日撮影
式年遷宮 天武天皇の発案で690年に初めて行われ1300年以上続いてます。
今年で62回目で、総費用は約550億円です。
式年とは決められた年数のことで、伊勢神宮の場合は20年、遷宮とは神様から祀られているお宮を遷す、“神様のお引っ越し”です。
必ず20年にピッタリ行われていたわけではありません。
戦乱の世の中そんな余裕はありませんでした。
戦後も日本がとても貧しくてそれどころではなかったのです。
① 内宮さま 俗説
経済は良くなる ← 豊作になるが経済は低迷
戦乱の世ともいわれている ← 平和で心豊か
物質欲・激動 ←
歴史をさかのぼると
1973~1997年 金座
オイルショック 1973年・バブル崩壊 1990年頃
1929~1953年 金座
二・二六事件 1929年・世界恐慌 1929年・第二次世界大戦 1939~1945年
1889年~1909年 金座
日清戦争 1894年・日露戦争 1904年
宇治橋も4年前に架け替えられました。
20年間使うと橋の表面が3cmほど減ってしまう。
それだけ参拝者が多いということです。
全体でいうと7年から8年かけて全体がお引っ越しをします。
取り壊した木はきちんとリサイクルされます。
東日本大震災で被災した神社の再建に遷宮で取り壊した木材が使用されます。
②外宮さま 『豊受大御神―天照大御神の食事をつかさどる神様、衣食住・産業の守り神
約1500年前に天照大御神自らが食事の神様を伊勢に呼んだといわれます。
毎日欠かさず天照大御神の食事を自給自足で賄っています。』
神宮神田 約3ha 収穫量約15t(年間)
伊勢神宮が管理して、お供えするお茶を栽培しています。
神様は毎日2食で、お供えする御飯は蒸し米です。
火は木と木をすり合わせて昔ながらの方法で火をおこしています。
神宮御園 約70種類の野菜と果物を栽培しています。
御塩焼所 堅塩
結団式
御白石 隙間から見える外宮さま
おまけ 今年4月20日朝日放送にて
お菓子総選挙SP チョコレート部門
1位 ネスレキットカットミニ (ネスレ日本)
2位 アーモンドチョコ (明治)
3位 ポッキーチョコレート (グリコ)
4位 明治ミルクチョコレート (明治)
5位 たけのこの里 (明治)
6位 ルック(ア・ラ・モード) (不二家)
7位 きのこの山 (明治)
8位 ブラックサンダー (有楽製菓)
9位 メルティキッス クリーミーショコラ (明治)
10位 スニッカーズ ピーナッツシングル (マースジャパン)