院長ブログ

国譲り-(出雲大社)

投稿日:2012.07.13
古事記に登場する神々を大きく分けますと、天照大御神を中心とした高天原に住む神(天つ神)と、高天原を追われて地上に降った須佐之男命と大国主神を中心とした神(国つ神)の2つであります。

乱暴と悪行を重ね(天の石屋戸事件)高天原を追放された須佐之男命は、出雲で変貌し人間愛に目覚め、村人のために戦い、助け、出雲に平和と繁栄をもたらした偉大な神であります。

大国主神が初めて古事記に登場するのは、昔話で有名な「因幡の白兎」にまつわるエピソードであります。

八十神といわれる意地悪な兄たちの攻撃から身を守るため根の国へ逃げ、須佐之男命の与える厳しい試練をクリアした大国主神は、出雲の国に住居を構え、勢力を広げ、国造りを完成していきます。

その様子を高天原から見ていた天照大御神は、この素晴らしい地上の国(草原の国)も、わが子孫に治めさせたいと考え、大国主神に国を譲るように迫りました。

大国主神は「天つ神の御子の御殿と同じような立派な宮殿を作って自分を祀ってくれるならば」という条件で、国譲りを承諾しました。

天照大御神は約束を守り、底の岩に太い官柱をしっかり立て干木が高天原に届くような壮大な宮殿(出雲大社)を建てました。

顕世(現世)のことは天つ神の一族に譲り、大国主神は幽世(あの世)に入り、目に見えない世界のことを司ることにしました。

即ち、人の運命や、人と人とを結ぶ見えない縁を司る。
これが、出雲大社が後に縁結びの神社として信仰されるようになった所以です。

伊勢神宮と出雲大社における主祭神の系図




巨大本殿の柱
素鵞社 幸魂奇魂を拝戴する大国主大神
幸魂奇魂 だいこくさま
 
おまけ
出雲国風土記などによりますと、できたばかりの出雲の国が狭いので新羅などから余っている土地を網で引き寄せたという話で、こうしてできたのが島根半島や弓ヶ浜などとされます。

日御碕の突端には日御碕神社が鎮座しています。
スサノオを祀る上の宮(神ノ宮)とアマテラスを祀る下の宮(日沈宮)の二宮からなり、回廊でつながれています。

須佐神社

出雲神話の英雄スサノオノミコトの御霊を祀る由緒ある神社です。本殿の裏にそびえる樹齢1200年を超える大杉は神々しく、最近では武勇を誇ったミコトの集中力や精神力を授かる強いスピリチャルパワーの源として出雲大社と並ぶ人気スポットになっています。

須我神社

スサノオノミコトとイナタヒメノミコトが結婚して、日本で初めて宮(新居)を構えたとされる地。その喜びをスサノオノミコトが詠んだとされる「和歌」は日本最古であり、和歌発祥の地としても知られています。
「神泉坂根水」不老長寿の効用の湧き水で身を清めて参拝する 大中小の盤座が親子のように見える「夫婦岩」

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