院長ブログ

姫路城

投稿日:2015.12.11
天を突くように威風堂々とそびえる白く輝く大天守、その姿は白い鷺が舞い立つように見えることから、別名「白鷺城」とも呼ばれています。
「平成の修理」と呼ばれた大天守保存修理工事は、かけがえのない世界文化遺産・国宝を築城時そのままの美しい姿で次世代へ引き継ぐため、漆喰壁の塗り替えや屋根瓦の葺き直しを中心に約5年をかけて行われました。
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同じ城でも東南西北から見ると形が異なるんですよね。
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HISTORY

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姫路城の特徴として複雑な曲輪構成で侵入を阻止する姫山と、大軍での籠城が可能な鷺山という2つの対照的な性質をもっています。これは豊臣系大名である池田氏と、徳川譜代大名の本多氏が目指した築城術の方向性の違いと思われます。つまり、豊臣系が得意とする頭上や側面からの多重攻撃を実現する構造です。一方、西の丸が造営された鷺山は、曲輪を分割せず広大な平坦面を確保し、直線的な高石垣や櫓で囲い込み、さらに大量の兵を収容できる多聞櫓を設けて守りの要としました。新旧2つの縄張要素がかっちりと組み合わさることで鉄壁の守りを誇る城でした。

大天守内の見どころ(外観は5層ですが、内部は地上6階、地下1階の造り)

武具掛け

武具掛け

石落とし

石落とし

武者隠し

武者隠し


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最上階の刑部神社

最上階の刑部神社

南方向の見晴らし

南方向の見晴らし


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お菊井戸
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家康の孫として波乱の人生を歩んだ千姫
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022忠刻との幸せを願い、千姫が日々祈りを捧げた男山天満宮
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石垣
日本の城は、中世では土塁と堀で防御する「土城」が主流でしたが、戦国時代の鉄砲伝来とその普及に伴う戦術の転換により、城郭に石垣が多様されるようになります。
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おまけ①軍の施設があり米軍の標的に

南壁の白い壁面に黒い網をはって目立たないようにしました(文部省がペンキ塗を禁)太平洋戦争(昭和20年)で姫路の街は空襲で大きな被害をうけましたが、城だけは奇跡的に戦火をまぬがれました。
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おまけ②今の大阪城は秀吉の城ではない(11月16日ぶっちゃけ寺&Qさま参考)

豊臣秀吉の後、秀頼の時に徳川家康が大阪城を壊して土で石垣ごと埋めてしまった。移動したところに築城しました。大阪の人達にここは豊臣の支配でなく、徳川の支配だと権威を示すためと放送されていました。
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おまけ③彦根城とひこにゃん

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おまけ④黒い城と白い城、この差って何ですか(8月9日放送を参考)

豊臣秀吉の時代(戦闘用のお城)
黒は敵から隠す効果、収縮して見える
熊本城 松本城 岡山城 大阪城

徳川家康の時代(関ケ原以降は戦いのない時代)
白は大きく見せる効果、膨張して見える
天下泰平の時代になると威厳を見せる
姫路城 彦根城 名古屋城 高知城

おまけ⑤「現存」12天守所在地

弘前(青森) 松本(長野) 犬山(愛知) 丸岡(福井)
彦根(滋賀) 姫路(兵庫) 松江(島根) 備前松山(岡山)
丸亀(香川) 高知(高知) 松山(愛媛) 宇和島(愛媛)

おまけ⑥天空にそびえる竹田城(天空の城)

太田垣氏が城主だった時代の竹田城の城壁は土を積み上げた土塁でした。それを最後の城主・赤松広秀が豊臣秀吉の支援を受けて総石垣(穴太積み)へ改修したものと言われています。
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おまけ⑦ブルーインパルス




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