本年度の阪神タイガースの酷評

守備練習減ったツケ 12球団最多102失策

矢野監督は「自主性」を重んじた!
選手が自ら考え、自ら動いて課題を克服する。
プロのあるべき姿を尊重した。
成長を促す立派な方法だが、選手個々に委ねる分だけ、圧倒的な練習量が減ってしまうリスクもある。
例年なら、連日のようにキャンプ通常練習が始まる前、内野手がメイン球場でゴロ捕球や送球などを丹念に繰り返していた。
今年は一変、多くの日はグランドに誰もいなかった。
他球団スコアラーも「昨季は最下位。もっと練習しないとうまくなるわけがない。練習でできないことは試合でできるわけがない。ゲーム感覚を養えないでしょう」と指摘した。
また、球界関係者は守備力に長けた中日との差を「中日は捕る、投げる、全ての動きにメリハリがある。阪神はただ捕って、何となく投げているだけに映ってしまう」と指摘している。

私は診療所と自宅の通勤(帰り)に車で30分以上かかります。
ラジオで阪神のキャンプ内容として「最下位なのにあの練習量ではダメだ~」と解説者が言っていたのを思い出しました。

球団別失策数

セリーグ パリーグ
中日 54 ロッテ 67
DeNA 65 ソフトバンク 68
巨人 72 楽天 72
広島 87 オリックス 81
ヤクルト 97 日本ハム 82
阪神 102 西武 92

阪神選手失策数ワースト5

大山 20
木浪 15
北條 12
マルテ 7
糸原 7
助っ人獲り、繰り返された過ち

ファイナルステージで巨人に完敗。長打あり、小技ありの試合巧者ぶりに屈した。
矢野監督は「トータル的に豪快な野球ももちろんそうだし、細かい野球もバランスが凄くいいチーム」と評した。
若手の成長を重視するチーム方針があり、近年の攻撃は未知数の外国人に委ねざるを得ないのが現状だ。

阪神の渉外は、また同じことを繰り返した。
現場のニーズとの不一致、リサーチ不足…
現場は外野手を希望していたというが、来てみれば内野が本職のソラーテ。そこからボタンの掛け違いが起こったのだろう。
守備の弱さは織り込み済みだったのか。
同じくソラーテを調査していた他球団の首脳は「打撃はいいけど、あの守備はまずい。ウチは見送った」と言う。
「どこでも守れるユーティリティ」という触れ込みは、実は「どこもまともに守れない」ということだった。

強化を推し進める若手の枠を奪ってまでシーズン途中に助っ人野手を獲得して失敗!
球団関係者は「全てが中途半端。育てにいくのか、補強でいくのか」と指摘する。チームの強化方針が一貫しない上に補強ポイントがズレている。

あの造反劇が起こる。
本人はスタメンだと思っていたが、レギュラー扱いじゃなかった。
俺は試合に出るために来たんだと激高し、モチベーションが上がらないという理由で練習にも参加せず、広島から即帰阪した。

一軍再昇格時、首脳陣は広島3連戦最終日からのスタメン復帰を描いていたがそのプランは伝わっていなかった。
結局のところ、すべてはコミュニケーション不足。
元メジャーリーガーのプライド、気分屋が多いと言われるラテン系選手…
特に細心の注意が必要となる案件ながら、取り扱いを間違ったと言わざるを得ない。

阪神ファンの皆さんに聞く
近年の外国人野手を何人覚えていますか?

シーツ:05~07年    スペンサー:05~07年 フォード:08年
バルディリス:08~09年 メンチ:09年     ブラゼル:09~12年
マートン:10~15年   ベキオナチ:11年   コンラッド:13年
ゴメス:14~16年    ベレス:15~16年   ヘイグ:16年
キャンベル:17年    ロジャース:17年   ロサリオ:18年
ナバーロ:18年     マルチ:19年~    ソラーテ:19年

まあまあ活躍した選手はシーツ、ブラゼル、マートン、ゴメス(マルテ)かな。

「巨人との差」=「野手の差」だと数字は語る。

防御率3.46はリーグトップ
自責点496も他の追随を許さなかった。
巨人打線は亀井から始まり、坂本、丸、岡本、阿部と続く強力打線!
成熟期のG打線に対し、成長期のT打線。
「あと一本が出ないというのは毎年言われている課題。そこは個人が考えてやるしかない。プロの世界ですから」と浜中コーチは言う。
何より必要なのは経験だろう。
巨人の岡本(23歳)と阪神の大山(24歳)は今後、嫌でも比較されるだろう。
3年目で143試合に出場し本塁打と打点はチームトップ。
勝率打点13はDeNAロペスに次ぐ2位。
ただ求められているのは好機での一本だけではなく、試合の流れを変える1打席。
相手投手の息の根を止める一振りだ。
「技」と「体」が整えば、必要なのは「心」の充実だ。
チームとして課題は勝負どころでの一本。
若手投手を作らない攻撃だ。
広島のジョンソン、ヤクルトのブキャナン、中日の大野には一勝もできず3敗を喫した。

大山の対3投手成績

試合数 打数 安打 本打 三振 打率
ジョンソン 4 81 18 0 15 .222
ブキャナン 6 139 34 2 26 .245
大野 6 139 29 2 29 .209

チーム別打撃成績

得点 安打 本打 打点 盗塁 犠打 打率 得点圏打率
中日 563 1265 90 545 63 108 .263 .263
巨人 663 1242 183 627 83 84 .257 .251
広島 591 1232 140 562 81 111 .254 .261
阪神 538 1213 94 509 100 104 .251 .247
DeNA 596 1177 163 575 40 81 .246 .271
ヤクルト 656 1181 167 630 62 84 .244 .248
デイリースポーツ、日刊スポーツの矢野阪神 影と光を引用

ドラフトは近本のように外れ1位選手が活躍することもありますので、何とも言えませんね。昔は、巨人に入団したくて他球団からの指名を拒否する選手がいたものです。
ところが巨人からの指名を拒否した選手も少なからずいたのです。
小林秀一の愛知学院大時代の防衛率はなんと0.93です。
江川卓1.16、川上憲伸2.14と比較すると凄さがわかりますよね。
アンダースローの変化球スライダーを武器に活躍して、全国大会準優勝に導いた。
小林は将来の夢を見ていた。
1973年ドラフトの話ですが、巨人を含めた4球団からの誘いを事前に断っていたのに巨人が1位指名してきた。
スカウトが熊本の実家に毎日、押しかけてきたり、川上哲治監督の説得などあらゆる手段での誘いに心は揺れたが、最終的には断った。
高額な契約金3,000万円(現在では1億円相当の価値)スター選手への道を蹴ったのだ。
その夢とは、将来的に学生野球の指導者になる夢でした。
現在は違うが、その当時は一度でもプロ野球を経験すると学生などアマチュア野球で指導することは禁止されていた時代なのです。
実は、高校生の時もともとオーバースローの投手でしたが、コントロールが定まらずノーコンピッチャーでした。
八代第一高校の監督の指導でアンダースローにしたところ、狙った所にボールが行くようになった。
監督から、名門高校の監督ほど知識や経験はないが、選手たちの身体やクセは誰よりも知っている自信はあると言われた。
監督は常に見ている。
今のうちにフォームを変えた方が一番いいと決心するきっかけを作ってくれた。
この日から小林の野球人生は一変し、監督の一言を機に改化!
監督の良い指導は自分の宝。そういう指導者になりたいと思った。
社会人野球を経て、母校の愛知学院大学の監督になり8年目で初の日本一に導いた。
さらに益田(巨人)松本(ダイエー)の二人は甲子園出場の経験はなく大学で開花させた選手だった。
巨人のドラフトを蹴った事に対して後悔はないとのことです。

6月23日報道 消えた天才史上唯一巨人ドラフト1位指名を拒否 より

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